海の青さを知る - 三宅島弾丸船旅行

竹芝から夜行船に乗り、早朝の三宅島へ。短い滞在の中で、外洋の青さと火山島の景色を自分の足で確かめた旅の記録。

新鼻新山の先端付近に続く黒い溶岩と青い海

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金曜夜、竹芝客船ターミナルから、夕方突発で予約した三宅島行きの夜行船に乗船。

今回の旅の目的はただ一つ。ここ最近YouTubeで見て強く心惹かれていた外洋の青い海を見ること。

結果として、出発から約20時間ほどのこの短い短い旅行はずいぶんと濃いものになった。船の甲板で夜明けを待ち、外洋の海が少しずつ青くなるのを見て、三宅島では火山地形の中を歩いた。

金曜夜、竹芝から橘丸へ

夜の竹芝客船ターミナルは、思っていたよりも混んでいた。200人くらいだろうか。

待合室には、釣り竿らしい長いケースを持った人、クーラーボックスを持った人、大きな荷物を抱えた人がいる。

発券

観光客だけではなく、釣り客、ダイバー、島へ帰る人、仕事で移動する人も混ざっているように見えた。

乗船案内は3回に分けて行われた。ターミナル内のコンビニでは飲み物や軽食がかなり減っており、慌てて近くのファミリーマートへ駆け込みパンと飲み物を買った。

竹芝客船ターミナルに停泊する夜の橘丸

船体は黄色く、思った以上に大きい。22時30分頃、橘丸は竹芝を離れた。

出航直後のデッキは祭りのように賑やかだった。夜景を見る人、写真を撮る人、酒を飲みながら話す人。

にぎやか

噂にたがわず、お世辞にもマナーが良いとは言えない方々もいた。

ゴミ

東京湾の灯りと船の振動、暑かった一日の終わりに吹く夜風が一気に重なった。

橘丸のデッキ越しに見えるレインボーブリッジと月

かなり時間が経って、デッキからようやく少しずつ人が減っていった。出航そのものを楽しむ時間が終わり、船はだんだん夜の海へ入っていく。

深夜のデッキで過ごす

東京湾内では、スマートフォンの電波が思った以上によく届いた。地図とGPS速度計アプリを眺めると、船はおおむね時速26〜34kmで進み続けている。

船内Wi-Fiも試した。Starlink回線らしく、よくあるMerakiのキャプティブポータルを噛ませた構成。通信環境を観察することまで含めて、船旅は退屈しなかった。

東京湾口を抜ける頃には、揺れ方も変わった。細かな揺れではなく、周期の長いうねりになる。両岸の灯りは少なくなり、海と空の割合が増えていった。

雲の合間から月が見えた。海面には、美しい月明かりの道ができていた。

月明かりが反射する深夜の海

人の少なくなった甲板で、他の船旅に慣れていそうな人らに倣い、座り込んだりして過ごした。椅子に座るよりも、船の振動や風、エンジン音を直接感じられた。

深夜2時半ごろには、ようやく空いてきたデッキのテーブルでカップヌードルも食べた。外洋の暗さと夜風の中で食べると、いつものカップ麺が妙に印象深い。

深夜のデッキで食べたカップヌードル

食後30分程度はそのままデッキの上で仮眠。このとき隣のテーブルにいた女性は非常に慣れた様子で、あちらも気ままに写真を撮ったり仮眠をしたりして過ごしていながらも、ただならぬ雰囲気を感じた。

海が青くなるのを待つ

3時頃、ようやく空から雲が切れた。今日は乗船後からずっと曇り空が広がっており、とてもではないが星が見えるような空模様ではなかったのだ。

星空を独占しようと息巻いてデッキの2階へ上ったが、なんと先ほど隣のテーブルにいた彼女が甲板で大の字になって寝そべっていた。

しまった。完全に先を越された。

負けじと自分も彼女と反対側のデッキへ陣取った。

もうひとりの青年も、何度かデッキへきて星空を眺めていた。韓国訛りを感じる片言で話しかけてくれたが、どうやら彼も三宅島で過ごす予定らしい。

星空

深夜の海は、肉眼ではほとんど黒く見える。

ところが、スマートフォンのナイトモードで撮影すると、暗い海面に青い成分が残っていた。目ではまだ捉えきれない青さを、カメラの方が先に拾ってくれた。

3時台後半から、水平線にわずかな明るさが出始めた。真っ黒だった空が濃紺になり、雲の輪郭が見えるようになる。日の出そのものよりも、その前兆をずっと見ていられたことが嬉しかった。

夜明け前、濃紺から明るさを帯び始める水平線

明るくなるにつれて、船が立てる飛沫や泡から先に青みが見え始めた。深い海面はまだ暗いのに、水しぶきだけが青さを保証してくれる。

船の横で青く見え始めた白い飛沫

言うまでもなく、知識として海が青いことは知っていた。でも、内湾や港の海ではなく、外洋の海が夜から朝へ変わるところを見たのは初めてだった。

29年間生きてきて、自分は本当に海が青いということすら知らなかったのだと思った。

早朝の伊ヶ谷港に上陸する

上陸直前、三宅島がどんどん大きく見えてきた。いよいよあと数分で日の出を迎える。

上陸直前、三宅島

島に近付くにつれてどんどん風が強くなってきており、油断するとすべてが吹き飛ばされそうな状態。

先ほどの青年と共に手すりにしがみつきながら、必死に日の出を写真に収めた。

上陸直前、日の出

日の出から10分足らず、太陽は再び三宅島の影に隠れてしまった。

起きたばかりの方が残念そうにされていた。彼はこのまま八丈島へ行く予定とのことだ。

4時50分頃、三宅島の西側に位置する伊ヶ谷港に到着した。

早朝の伊ヶ谷港へ下船する人たち

三宅島では、海況によって三池港、錆ヶ浜港、伊ヶ谷港を使い分ける。帰りの船がどこから出るのかは、まだ決まっていなかった。11時頃に確認する必要があると知り、リマインダーを設定。

帰り道が確定しない不安と共に、歩き始める。

当初は新鼻新山という島の南側のジオスポットまで歩いて向かうつもりだった。地図では徒歩2時間ほど。早朝なら涼しく、なんとかなるだろうと思っていた。

しかし、島の道は想像以上に起伏があった。海沿いに見えても、坂を上って、下って、また上る。散歩というより、控えめに言って登山。

道端にはアジサイが咲いていた。

道端に咲いていた白と青のガクアジサイ

島の人の話を聞いて、阿古へ降りる

途中の東屋で、ストレッチをしていた方に話しかけられた。

その方は役場の方で、噴火で被害を受けた阿古地区の話をしてくれた。本来は観光協会へ直行するつもりだったが、話を聞いて、阿古の旧温泉街である噴火被害地帯を見ていくことにした。

短い滞在時間、限られた体力の中で予定を変えるのは少し迷った。でも、島の方から聞いた話を踏まえて歩く方が、今回の旅には合っている気がした。

焼けた校舎跡

焼けた校舎跡。小学校だったそうだ。

火山体験遊歩道のあたりから今崎海岸の方まで降りていくと、海の透明度がはっきりと分かった。

メガネ岩

黒い岩の間で透き通る阿古・錆ヶ浜周辺の海

左を向けば雄大な山が、右を向けば広い海が見える中を進んだ。

山

海

黒い火山礫の浜、透明な水、青い海。船上で遠くから見ていた青さとは違い、今度は手の届く距離に海がある。

靴を脱ぎ、海に足を入れた。

黒い火山礫の浜で海に足を入れる

錆ヶ浜園地の東屋で休憩した。日陰とベンチがありがたかった。夜行船からの早朝上陸、延々と続く坂道、海辺の滑りやすい火山礫、さすがに疲れが出始めていた。

海と山の間を歩いて、新鼻新山へ

錆ヶ浜に到着した。ここは三宅島で一番大きな港で、周辺にはお土産屋さんや観光協会の施設などが揃っている。

しかしながら、時刻はまだ朝7時半。空いているお店は近場の個人商店1軒しかなく、そこで弁当を買い、観光協会前のベンチで食べた。

のり弁当

隣に座っていた旅行者と話した。彼も同じ船で来て、バスで先回りしていたらしい。9時からのレンタサイクルの貸出開始を待っているという。

もちろん今日は三宅島に泊まっていく予定だそうだ。日帰りであることを伝えると驚かれた。

自転車なら島をもっと広く回れるが、なんと帰りの便が出るのは13時。諸々加味して2時間半程度しか利用する余裕がない。

覚悟を決め、彼に別れを告げ徒歩で新鼻新山へ向かった。

左を見ると火山島らしい山と緑、右を見ると外洋の青い海。歩く速度だからこそ、道の脇にある火山の痕跡や、少しずつ変わる景色が目に入る。

途中では、一定の距離を保ちながらついてくる妙なカラスもいた。止まってひと鳴きし、少し先へ飛んで、またひと鳴きする。

実は、船内で読んだWebの三宅島体験記にも似た経験を綴っている人がいた。同じカラスかもしれない。

道中、多くのサイクリング客が利用する休憩地点があった。

公園

正直、これを公園と呼ぶには少し大げさに思えた。

階段の先には荒々しい溶岩流の痕跡が見られた。このあたりの地域一帯は、「噴火災害保存箇所」として保護されているそうだ。

荒々しい噴火の痕

噴火災害保存箇所

今歩いているのは、「島一周道路」と呼ばれる島の外周を1本で繋ぐ道。

何も考えずに歩いていれば、新鼻新山にいつかたどり着くはず。おかしい。いつまで歩いても目的地が見当たらなかった。

ふと地図を見ると、なんととうに目的地を通り過ぎていた。どこかに降りていく場所があったのか。いや、そんな道は見当たらなかったはず。

驚愕のスクショ

道を引き返し、先ほどの公園まで戻ってきた。

ここから新鼻新山まで行くには山を下って岸の方まで行く必要があるのだ。それらしき道はあるといえばあったが、ロープで明確に封鎖されていた。

途方に暮れていると、ちょうど元気な釣り客がルアーを担いで意気揚々と車から飛び出してきた。彼ならきっと岸への降り方に詳しいに違いない。

慌てて呼び留め、道を教えてもらった。

彼も日の出を共に眺めた青年に近い、韓国風な訛りだった。もう三宅島には3回も釣りにきていて、かなり慣れているとのことだ。

釣り客に連れられ新鼻新山にたどり着くと、景色の色が一気に変わった。

新鼻新山から見下ろす赤い火山礫、黒い溶岩、青い海

赤い火山礫。黒い溶岩。青い海。白い波。

先端付近まで行くことができたが当然柵などはなく、足場に注意が必要だった。無理せず慎重に進んだが、本来ここは来ない方が良い類の場所だろう。

新鼻新山先端

新鼻新山付近の黒い岩場へ打ち寄せる白い波

ひとしきり海岸を眺めて公園まで戻ると、ご夫婦に「この先ではどんな景色が見られるのか」と尋ねられた。

先ほど見てきた海の色や火山地形について、そして道のりの険しさをお伝えした。

役場の方、同じ弾丸旅行者、釣り師、そしてこちらのご夫婦。短い滞在の割に、人と話す機会が多かった。これも己の足で歩いてきたからこそだと思う。

帰りの港に振り回される

足が棒になるという表現は、今日の自分のためにあると思った。かなり限界が近い。

道すがら見かけたバス停は悉く写真を撮影し、時刻を控えていた。良かった。ちょうどあと10分で公園からバスが出そうだ。

そのまま一番大きな港である錆ヶ浜へ戻った。

お土産を買い、休憩し、帰りの港が決まる11時を待つ。錆ヶ浜からそのまま帰れれば、冷房の効いた観光協会で1時間ほど仮眠しても良いかもしれない。

当日の出港地が伊ヶ谷港だと知らせる掲示

祈りむなしく、橘丸は伊ヶ谷港発と決まった。

観光協会でスタッフの方に確認すると、11時56分に錆ヶ浜を出るバスがあり、12時16分に伊ヶ谷へ着くという。次のバスは16時手前。選択肢はひとつだった。

バス停には先客がいた。昨日から泊りで来ていて、ちょうど同じ船で帰る予定とのことだ。

15分ほど遅れて到着したバスに乗り込んだ。

正直言うとかなり冷や汗をかいていた。このバスが来てくれないと、また1時間の登山が確定するところだったのだ。もうそんな体力は残されていない。

さっき観光協会前で弁当を食べながら声をかけた彼も宿泊の予定を変え同じ船で帰るようにしたそうで、途中のバス停から乗り合わせて帰路へつくこととなった。

バスの車窓から、朝に歩いてきた峠道を眺めた。改めて見ると、ずいぶん長く、起伏もある。本当にここを歩いてきたのかと、自分の道のりを疑わしく思った。

でも、今回は歩いて正解だったと思う。思おう。

橘丸で三宅島を離れる

幸い伊ヶ谷港にも冷房の効いた待機場所があり、座りながら少し休むことができた。

疲れてウトウトしてしまっていたのだが、先ほど帰路を同じくした旅の仲間2人が、船が遅れているという知らせを自分にも共有してくれた。

30分ほど遅れて、伊ヶ谷港へ橘丸が到着した。

伊ヶ谷港で出航を待つ橘丸

別れを惜しむように港の水辺を写真に収めた。こちらではなかなか見られないエメラルドグリーンの海だった。

次第に何か珍しい魚でもいるのか、と勘違いした客が集まってきてしまい、少しだけ恥ずかしい思いをした。

写真で表現するにはちょっと限度がある

そして出航。

帰りの橘丸の船尾から振り返る三宅島

ここまで非常に濃い時間を過ごしたが故に忘れかけていたが、実は今回の旅の一番の目的はここにある。

青

青

青

日中の外洋は、信じられないほど海が青かった。

旅の締めくくりとして、この上なかった。

あしたばカレー

帰りの船は、行きと比べてよく空いていた。

旅の仲間2人と共に船内レストランであしたばカレーを食べて、誰もいない雑魚寝部屋で昏々と眠った。

到着

到着30分前にようやく起きて、外に出ると東京の夜景が迎えてくれた。

海は既に馴染みのある色へと戻っていた。

島全体図

今回見られたのは、島全体の一部だけだ。七島展望台、大路池、島の東側、北側、山の上、森のエリアには行っていない。

それでも、初めての離島旅としては十分すぎるほど濃密だったなと思う。




自然にも人の優しさにも恵まれた、大変良い旅でした。

あと記事の7割ぐらいを写真付きで完璧に仕上げてくれたChatGPTくんも、本当にありがとう。

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