大雨の中を歩き海峡を超える - 雨の関門トンネル人道攻略
東京九州フェリーで新門司へ渡り、下関に泊まり、雨の壇ノ浦から関門トンネル人道を歩いて本州から九州へ越えた弾丸旅の記録。
- 公開日
水曜夜、仕事道具を背負い、スマホを握りしめながら、横須賀の岸壁に停泊している巨大なフェリーを眺めていた。
仕事や社内タスクがまだまだ残っていたのだが、労働の圧を振り切るように飛び出してきた。
危うく明日も出勤になるところだったのだが、全力で捻りつぶした。そのために残業したのもあって、帰宅して30分で支度を整え飛び出してきた。そのような中でも、今回の計画は妙に強い吸引力があった。思い返せば、最初から少し無茶で、少し勢い任せで、その勢いこそが旅のエンジンになっていた気がする。
少し歩みを緩めたら、たちまち荒波に飲まれてしまいそうな旅だった。
荒れた海の東京九州フェリー はまゆう
今回の目的も、相変わらずYouTubeだ。西園寺チャンネルに何度も登場する「関門トンネル人道」という関門海峡の観光スポットに前々から行きたいと思っていたのだが、そこに向かうための良い船を見つけたのだ。
それが「東京九州フェリー」だ。横須賀から出発して、九州は新門司まで途中寄港無しで向かう。予定航行時間は実に約21時間。23:45に出発し、翌日の21:00に到着する。ちなみに、新門司からの折り返しも同じ時刻で運行している。
行きは「はまゆう」という船だ。とんでもないデカさ、身分不相応なラグジュアリーさ、それらにより誘起されるアウェイ感と共に乗り込んだ。
この航路は、ハッキリ言って非常に手強かった。とにかく揺れる。実はこの時点で、ちょうど九州まで台風が来ていた。大型フェリーとはいえ、荒れた海というのは本当に容赦がないのだと思い知らされた。
私はどちらかと言えば船酔いをし辛い人間だと思っていた。これまでも、短い区間でフェリー移動をしたとき、先日の橘丸での長距離乗船、どちらもスマホをポチポチと触りながら船内で快適に過ごすことができた。つまるところ、油断していたのだ。
寝不足状態で乗り込んだ船内で、翌朝までに仕上げなければならない資料作りにひたすら没頭していたところ、途中で真っ直ぐ立っていられないほどの揺れが起こり始めた。気にも留めず作業していたのだが、そこから3時間程度経ってようやく資料作成がひと段落して立ち上がったところ、突如壊滅的な吐き気に襲われた。
青い顔でウロウロとデッキへ移動したり、横になってみたり、窓辺に座って突っ伏してみたり。
「ああ、もうダメだ」と悟った。
誰もいないデッキの隅っこに場所を移し、四つん這いになり、覚悟を決めて全力で胃の中をビニール袋へひっくり返した。
「吐く」という行為は、どうしたってこう情けない気持ちになるものだ。「何故旅先で吐くまでせこせこと仕事をしているのか…」と一瞬冷静になりかけたが、その気持ちも一緒にビニール袋へ吐き出し捨てておくことにした。
そこから朝までは、よく寝られた。
なんと中のレストランではなんとも律儀なことに、朝食、昼食、夕食、夜食がそれぞれ時間を分けて提供される。出航直後に夜食として「ぶりのりゅうきゅう丼」というメニューをいただいていたのだが、残念ながらこれが船内最後の食事となった。
しかし不思議と、船旅の醍醐味という言葉では片付けにくいが、こういう「海に主導権を握られる感じ」まで含めて、今回のフェリー移動はかなり濃く、良い体験だったなと思う。
ちなみに、少なくとも今回徒歩で乗船しているお客さんは10人程度だった。車で乗船していたお客さんも同じくらいいたのだが、まあ好んで台風に向かって飛び込んでいく人は多くないということだ。
先日の橘丸が時速30kmで航行していたのに対して、こちらは最高時速50km程度で走る。とても速いはずなのだが、船体が大き過ぎるせいかあまり速さは感じなかった。出航した直後などは特に、自分が動いているのではなく外の景色が動いているように思えるなど、まさに「バグる」ような感覚があった。
なるほど。振り返っていて今ようやく気が付いたが、この時点で三半規管が狂っていたのだ。
船内には大浴場も備えついていた。中の写真を撮れないのを残念に思ったくらいだ。海を眺めながら入る風呂というのはなんとも贅沢な体験だった。
その他、プラネタリウムやミニシアターもあったらしい。こういったアクティビティを楽しんで良いか何度か三半規管にたずねてはみたのだが、ついぞ首を縦に振ることはなかった。
船内Wi-Fiを掘る
今回の旅でかなり大きな比重を占めていたのが、船内Wi-Fiの調査だった。東京九州フェリーの船内では、Starlink回線として ferry_Wi2 という Wi2 系の公衆 Wi-Fi サービスを使うことができた。
少し見ていくと、よく知っている単純な共有パスワード認証ではなかったり、DHCPサーバーがグローバルにいたりなど、一般的なネットワーク構成とは著しく異なる点がいくつも観測できた。
雷が落ちるほどの雲一つしかない空であったにも関わらず、通信速度は条件が良いとダウンロード 200Mbps 級まで出ることもあった。「海の上の移動体で、ここまでちゃんとした認証付きの公衆 Wi-Fi が、雲を超えた衛星と通信して動いている」という事実だけでかなり面白く感じた。
なお、地上に近付いたタイミングでは窓際付近で携帯回線の電波が届くこともままあった。今回もWiMAXは大活躍であった。いつもありがとう。
なんとなく海を眺めながら、頭の中は自宅をサーバーとして多拠点 Wi-Fi 認証基盤を作るという妄想でいっぱいになっていた。妄想というか、実は帰宅したまさにその日から構築を開始した。つくづく恵まれた環境で生きているな、と思う。
新門司から小倉、そして下関へ
フェリーは夜に新門司へ着いた。下船後のシャトルバスはかなりスムーズで、そのまま九州は小倉駅へと移動した。ここでひと息ついた気になりかけてしまったが、宿は本州側だ。
駅前でドンキに寄った。着替えや雨対策のいろいろを調達できればと思ったが、期待していたようなものは見つからず、結果的に傘だけ購入した。駅前の夜の空気も、どこか肌に合わないような、少し刺々しさを感じた。
その後、電車で下関へ移動する。鉄道で関門を越えるというのはいかにも大きなイベントに思えるが、残念ながらトンネル内を移動するために海峡そのものは見えない。在来線は関門鉄道トンネルを通るので、気づけば本州側に着いていた。
ドーミーイン下関の夜
下関ではドーミーインPREMIUM下関に泊まった。ビタビタの服を脱ぎ棄て、布団へ飛び込む。ここまでしばらく身体がふわふわ揺れている感じが残っていて、いわゆる丘酔いが続いていた。
しかし、ゆったりしている暇はない。到着したのは22時半頃だったが、23時までに絶対に行かねばならないところがある。
何も外に行かんとしてるわけではない。目的地は1階レストラン。
夜鳴きそばだ。ドーミーインに来たからには、やはりこれを食べねば。
大盛りでおかわりまでして、4玉も食べてしまった。あんまりわんぱくに食べるもんだから、帰り際レストランのおっちゃんに「ご満足いただけましたか!」なんて声を掛けられてしまった。ご覧の通り、大満足である。
その後、関門海峡を眺めながら露天風呂に入り、湯上りアイスをたらふく食べ、体が冷えたのでもう一度入り直し…と、気のおもむくままに過ごした。フェリーの揺れ、小倉駅前の微妙な居心地、移動の長さをいったん全部そこでリセットできた感じがした。
待ち望んだ朝食
翌朝、けたたましいアラームで目を覚ます。
そんな必死に目を覚ましてまでも、どうしても行かねばならないところがあるのだ。
何も外に行かんとしてるわけではない。目的地はやはり1階レストラン。
瓦そばだ!
今回このホテルを予約した最大の理由。ドーミーインは、朝食バイキングに必ず各地の「名産」と呼べるものが一品以上出てくるようになっているのだが、ここ下関では瓦そばというものが出てくるのだ。
瓦そばは、私の学生時代の非常に思い出深い食べ物である。山口に住むTwitterの知り合いにお呼ばれして、地理に詳しい友人にガイドを頼み込んで遊びに行ったことがあるのだが、このとき知り合いが夕飯に作ってくれた瓦そばが本当に、本当に美味しかったのだ。
ただ非常に残念なことに、ホテル朝食の瓦そばは、味付けなどは悪くなかったものの、肝心の茶そばの焼きがどうにも足りなかった。あのとき食べたパリパリの茶そばとは程遠い。そういえば茶そばの焼き加減は各家庭ごとに違うということを、その人も言っていた気がする。しかし私は瓦そばの良さは、あの焼き付いた香ばしさ込みだと思っているので、少し肩透かしを食らってしまった。
とはいえ、その肩透かしが逆に「ちゃんとした瓦そばをもう一度食べたい」「いっそ自宅で茶そばを焼いてみたい」という方向につながった。この後の話となるが、お土産として瓦そばの材料をしこたま買い込んだ。旅先で完璧に満たされないことが、次の行動の種になることはよくあるものなのかもしれない。
下関はふぐも有名らしい。もっとも、こちらでは「ふく」と書くそうだ。ふく飯やふくの唐揚げというメニューも並んでいた。ちなみにここだけの話、一番美味しかったのはサーモンのマリネだ。
そして雨の海峡
さて、朝食を食べ終えた段階で、復路フェリーの欠航が確定していた。もともとは帰りも東京九州フェリーで戻る予定だったのだが、案の定台風の影響で運航中止ということであった。
もちろん代案は考えていた。即座に予約したのは、小倉発、品川着の新幹線のぞみだ。安全を見て少し早めのものを取った。
朝食後は、ホテルの窓から見えていた海峡ゆめタワーへと向かった。入場料は 750 円。
もちろん、この日も関門海峡は完全に雨だった。晴れた青い景色ではなく、窓に雨粒がつき、遠景が霞み、海も空も重い色をしていた。観光写真としてはかなり残念な仕上がりとなってしまった。
「壇ノ浦」に気づいた瞬間
関門トンネル人道へ向かう途中のバス内で、地図の中に「壇の浦」という文字を見つけた。壇の浦ってあの壇ノ浦か…?いや、地名が同じだけか。
と思ったら、本当にあの壇ノ浦だった。
つまりここは、源平合戦の最終局面、壇ノ浦の戦いの舞台ということである。
「波の下にも都はございます」を連想した瞬間、この日の関門はただの海峡ではなくなった。いまから歩く人道トンネルは、単なる地下道ではない。安徳天皇や二位尼の物語を抱えた海の下を、現代のインフラとして歩いて渡ることになるのだ。
この通り、私はいわゆる社会科の分野に非常に疎い。故に歴史に心を動かされるような機会なんて当分無いだろうと思っていたのだが、案外そんなこともないのかもしれない。不思議なロマンのようなものを、かすかに感じていた。
みもすそ川公園から関門トンネル人道入口へ
みもすそ川公園に着くと、雨、関門橋、濡れた路面、海峡の灰色がすべて重なって、かなり強い景色になっていた。晴れていればもっと観光地らしい明るさがあったのかもしれないが、この日はそうではない。古戦場としての重さの方が前面に出ていた。
関門橋の下へ回り込むと、構造物の巨大さが身体に迫ってくる。海峡の上には巨大な橋があり、その下には自分がこれから歩くトンネルがある。この上下二重の貫通が、いかにも関門らしい。
こういう「大きな構造物に体ごと巻き込まれる感じ」というのは、やはり大好きだ。
関門トンネル人道を歩いて、本州から九州へ渡る
いよいよ今回の大本命、関門トンネル人道へ入る。下関側の建物に入り、エレベーターで地下へ降りると、海峡の下を歩く区間が始まる。
体験そのものはシンプルだ。ただ歩くだけ。でも、その単純さのせいで逆に「いま海の下を歩いている」という事実がじわじわ効いてくる。地図の上で見ていた本州と九州の境目を、自分の足裏で確かめている感覚がある。
しかも今回は、西園寺チャンネルで何度も見ていた場所を実際に歩いている。壇ノ浦のことも直前に強く意識している。動画の聖地巡礼、県境越え、歴史の海、インフラ体験が全部ひとつになっていて、濃密な時間だった。
やがて県境のラインに着く。本州から九州へ、海の下で徒歩越境するというのは、思っていた以上に達成感があった。
門司側へ出た瞬間、動画で見ていた場所を自分で歩いた満足感と、海峡の下を本当に越えてしまったという実感がきれいに重なった。
TOPPA記念証を忘れたことまで含めて初回攻略
あとから気づいた大きな取りこぼしが、下関側と門司側のスタンプを押して特定の場所に持っていくと貰える「関門TOPPA!記念証」というもの。これの受け取りを完全に忘れていた。せっかくスタンプラリーは完遂したにも関わらず、である。
これは文句なのだが、渡り切ったところから受け取る場所までの距離があまりにも遠い。徒歩30分ほどある。
悔しいのは確かだが、見方を変えれば次に来る理由が増えたとも言える。記念証、晴れた関門海峡、それから荒天で観光を諦めた火の山や周辺の寺社仏閣、関門は一度でコンプリートする場所ではなく、何度も回収しに来る場所なのかもしれない。だから西園寺くんも何度も来ていたのだろう。
初回としては十分すぎるほど濃かったし、だからこそ取りこぼしも次回の余白としてきれいに残ったと思う。
門司港レトロで、自分の「好き」の向きを再確認
門司側に出たあと、門司港レトロの案内板を見た。旧税関、旧大阪商船、九州鉄道記念館、レトロ展望室。観光として見どころは多い。そのはずだった。何か妙な違和感があった。
道中立ち寄ったNTT西日本の「門司電気通信レトロ館」という施設で、その違和感は確かなものとなった。
古い建物、古い電話機、古い意匠そのものに心が動くことはなかった。自分の琴線には「レトロ」という言葉は全く触れないのだと改めて気づいた。
ハンドヘルド端末は大好きなので、ポケットベルなどには明確に心が高鳴った。
これらの間にどのような差があるのかは、よくわからない。きっとそのうち考えれば良いと思う。
焼きカレーとふぐ唐揚げで食の回収をする
門司港では、焼きカレーとふぐの唐揚げを食べた。実は朝食バイキングではタイミングが悪く、ふぐの唐揚げを食べ損ねていたのである。ここで取り返せたのは気持ちが良かったし、門司港名物の焼きカレーも含めて、食の着地としてかなりきれいだった。
満腹で門司港から小倉へ戻った。途中、鹿児島本線には遅れ情報も出ていたが、最終的にはかなりきれいに接続できた。ここまで、関門トンネル人道、門司港での食事、聖地巡礼、小倉への戻りまで含めて、全体としてはかなりオンタイムに収まった。
のぞみで一気に帰る
小倉からは、予約していたのぞみに乗り込んだ。
速度計アプリを見ていると、最初は 297km/h 付近、そこから 300km/h 超まで上がっていく。最終的には 303km/h、304km/h 近くまで見えた。
海の上で荒波に揺られていた数時間前の自分が、今度は地上を 300km/h で東へ運ばれていく。この落差がすごい。フェリーは時間をかけて距離を感じさせ、新幹線は距離を力技でねじ伏せる。どちらも移動体験として面白いが、面白さの質がまったく違う。
ただ、座席に関しては、新幹線普通車はやはり大量輸送機関の椅子だと思った。快適さだけなら、特急ときわの方が何倍も良い。少し窮屈さを感じながら、自宅公衆 Wi-Fi の構成をChatGPTと相談しながら、品川までの時間を過ごした。
品川から柏へ、最後は普通グリーン車で落ち着く
品川に着いたのは 20:25。柏まで贅沢に特急で帰ってやろうと考えていたのだが、ちょうど良い常磐線特急が妙に噛み合わない。20:15 のときわには間に合わず、20:45 のひたちは柏に止まらない可能性があり、21時後半まで待つくらいならもう普通列車グリーン車でいいか、という判断となった。
フェリーで西へ行き、関門を歩き、新幹線で戻り、最後は普通グリーン車で自宅圏に戻る。この締め方もかなり良かった。旅の最後に少しずつ日常へ着地していく感じがあった。
雨の関門攻略旅
今回の旅は、単に「関門トンネル人道に行った旅」ではなかった。たくさんの労働を抱えた状態で飛び出し、横須賀からフェリーで新門司へ渡り、荒れた海で船酔いし、船内 Wi-Fi の認証基盤を掘り、下関に泊まり、壇ノ浦の海の下を歩いて九州へ渡り、門司港で食と展示といった情報を回収し、新幹線で一気に帰ってくる。かなり忙しく、かなり密度の高い旅だった。
そして、その全部がひとつにつながっていた。そりゃ移動というのはそういうものなのだが、船酔いも含めてあらゆるものを体験すること、身体で感じること、動画で見た場所を自分の足で辿ること、歴史の場所に実際に立つこと。その全部が、今回の関門に詰まっていた。
取りこぼしも多々ある。一番は関門海峡のTOPPA記念証だ。ちゃんと焼けた地元の瓦そばも。でも、それらは全部、次にまた来る理由として残されたのだ。
ひとまず今回は 雨の関門攻略 ということで、さあ次はどんな旅に行こうか。